抗菌薬耐性機序
   耐性菌の主な機序は、a)抗菌薬不活化酵素の産生、b)抗菌薬作用点の変化、c)抗菌薬の細菌外膜透過性の低下、d)抗菌薬のくみ出しである。

主要な耐性菌の動向と耐性機序
a.メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)
   1980年代から、わが国や欧米で主要な病院内感染症の原因菌として注目され、現在でもなお本菌による病院内感染症が後を絶たない。さらに、最近では市中感染癌の原因菌としても重要と考えられている。入院患者から分離される黄色ブドウ球菌のうちMRSAの占める割合は、わが国および米国では年毎に増加傾向を示し、現在ではそれぞれ50〜70%、30〜50%である。
   抗菌薬耐性発現の細菌学的機序は、外来性に染色体上に獲得されたmecA遺伝子を含むmec遺伝子領域による。mecAによって産生された変異PBP(PBP2')はβ-ラクタム薬との結合親和性が低く、すべてのβ-ラクタム薬に耐性を示す。また、mec領域にはマクロライド・テトラサイクリン・アミノグリコシド系薬などに耐性をもたらす遺伝子が集積しているため、β-ラクタム薬以外の抗菌薬にも耐性を示す。
   臨床の場においては、術後の創感染症、血管内留置カテーテルを介しての菌血症、気管内チューブを介しての肺炎、尿路カテーテルを介しての尿路感染症などが重要な感染症である。抗菌薬の選択は、グリコペプチド系のバンコマイシン(VCM)テイコプラニン(TEIC)、およびアミノグリコシド系のアルベカシン(ABK)が用いられるが、いずれも聴力障害や腎障害といった副作用を有しているため、薬剤血中モニター(TDM)を行いながら投与する。最近、VCMに耐性のMRSAが報告されており、今後の動向が注目される。
b.腸球菌
   腸球菌はヒトの腸管内の常在菌であり、主として病院内での日和見感染症の原因菌として、尿路感染症、術後創部感染症、敗血症、心内膜炎などを引き起こす。Enterococcus faecalis とE. faecium が臨床的に重要であり、いずれもセフェム系抗菌薬に自然耐性を示す。ペニシリンに対しては前者は感受性を示すことが多く、後者は耐性傾向を示す。
   β-ラクタム薬自然耐性機序はPBPsへの親和性の低下によるが、E. faecalis においてβ-ラクタマーゼ産生によるものが認められている。最近、VCMなどグリコペプチド系抗菌薬に耐性を示す、いわゆるVCM耐性腸球菌(VRE)が欧米において病院内感染症の重要な原因菌となっている。耐性を担う遺伝子はvanA・vanB・vanCと同定されている。クラスAのVREはプラスミド上にVanA遺伝子を有し、VCMとTEICいずれにも高度耐性を示す。さらに、VanA遺伝子はプラスミドの接合によって他の菌に伝播しうる。一方、VanB遺伝子は染色体上またはプラスミド上に、VanC遺伝子は染色体上に存在する。クラスBのVREはVCM中等度耐性でTEIC感受性、クラスCのVREはVCM低度耐性でTEIC感受性である。臨床的に問題となるのはクラスAまたはBのE. faecalis とE. faecium で、とくにE. faecium のVREの分離頻度が高い。
   VREは病院内感染症の重要な原因菌であり、米国の病院から分離される腸球菌のうち約20〜30%がVREとの報告がある。わが国においても、1996年以来散発的にVREの分離が報告されているが、現在まで大規模な病院内感染事例の報告はない。抗菌薬の選択においては、ペニシリン感受性でアミノグリコシドに高度耐性でなければ、ABPC+GMの併用療法が行われる。最近、VREに有効な抗菌薬Linezolidなどが開発された。
c.ペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)
   肺炎球菌は上気道炎、気管支炎、肺炎の他に、中耳炎、副鼻腔炎、髄膜炎、敗血症の重要な原因菌である。本来、ペニシリンをはじめとするβ-ラクタム薬に感受性であったが、1967年ペニシリン低感受性肺炎球菌(PISP)が、1977年PRSPが臨床分離され、わが国においても1980年代後半よりPISPあるいはPRSPの分離頻度が増加しはじめている。現在では、肺炎球菌のうちPISPあるいはPRSPの占める割合は30〜50%であると報告されている。そのうち、PCGの最小発育阻止濃度(MIC)が2ug/mL以上を示すPRSPの増加傾向が著しい。
   ペニシリン耐性機序はPBPsに対する薬剤結合親和性低下による。PBPsをコードする遺伝子の部が他菌種のPBP遺伝子と相同組み替えを起こし、モザイク状の新しいPBP遺伝子に変異したものと考えられている。PRSPはペニシリン以外にも第一・第二世代セフェム、テトラサイクリン、マクロライド系薬に多剤耐性を示すことが多い。
   抗菌薬の選択においては、小児科外来における呼吸器・耳鼻科領域感染症ではペニシリン系薬を増量して使用したり、敗血症や化膿性髄膜炎など重篤な感染症では、薬剤感受性検査と感染病巣への移行を考慮して、セフォタキシム(CTX)やセフォトリアキソン(CTRX)などの第三世代セフェムカルバペネムニューキノロン系薬、あるいはVCMが選択される。
d.耐性インフルエンザ桿菌
   従来より臨床的に問題となる耐性インフルエンザ桿菌は、β-ラクタマーゼ産生によるアンピシリン(ABPC)耐性菌で、現在でも臨床分離株のうち15〜20%にみられる。1980年代に入ってから、β-ラクタマーゼ非産生のABPC耐性(BLNAR:β-lactamase negative ampicillin resistant)株が分離されるようになった。検査室でのBLNARの的確なスクリーニング法が確立されていないため、分離頻度は不明であるが、次第にその頻度は増加しているものと考えられている。さらに、分離頻度は低いもののニューキノロン耐性株も報告され、今後の動向が注目される。
   BLNARの耐性機序はMRSAやPRSPと同様にPBPsの変異による薬剤結合親和性低下である。したがって、ABPC以外にもβ-ラクタマーゼ阻害剤との合剤や、第三世代を含む多くのセフェム系薬に耐性を示すことが多い。
   抗菌薬の選択は、β-ラクタマーゼ産生菌に対してはβ-ラクタマーゼ阻害薬配合剤が第一選択薬で、BLNARに対しては感受性検査結果を参考にCTXやCTRXなどの第三世代セフェムニューキノロン系薬が選択される。
e.ESBLs産生菌
   ペニシリンを加水分解するペニシリナーゼ型クラスA β-ラクタマーゼのうち、1980年代に入って、セフタジダイム(CAZ)やCTXなどの第三世代セフェムやモノバクタム系薬をも加水分解するものがみられるようになった。分解する抗菌薬の基質特異性が拡張したという意味でExtended spectrum β-lactamase(ESBL)とよばれる。大腸菌、クレプシエラ、セラチアなどの腸内細菌にESBL保有株がみられ、セフェム系薬が無効なため臨床的に問題となっている。
   耐性機構は従来のクラスA β-ラクタマーゼ遺伝子の変異によるもので、これらの遺伝子は細菌プラスミド上に存在するので、接合で他の菌に伝播しうる。施設によって異なるが、欧米では腸内細菌のうち数%〜数十%がESBL保有株と考えられ、わが国では数%と推測されている。治療薬は薬剤感受性結果を参考に、カルバペネムニューキノロンアミノグリコシド系薬などが選択される。
f.メタロβ-ラクタマーゼ産生菌
   クラスB β-ラクタマーゼで、ペニシリンやセフェム系薬のみならず、カルバペネム系薬も加水分解する。また、β-ラクタマーゼ阻害薬も無効である。緑膿菌や一部の腸内細菌にみられ、臨床的に問題となっている。わが国の分離頻度は不明であるが、まだ数%以下であると推測されている。耐性遺伝子は染色体上のみならずプラスミド上にも存在することがあり、菌株間伝播が懸念されている。
   抗菌薬の選択は薬剤感受性結果を参考になされるが、本耐性菌はアミノグリコシドやニューキノロン系薬にも同時に耐性を示すことが多く、治療に難渋する。
g.多剤耐性結核菌
   結核症の治療は、イソニアジド(INH)リファンピシン(RFP)を中心に、ピラジナミド(PZA)エタンプトール(EB)、またはストレプトマイシン(SM)を選択する。わが国の未治療患者においては、結核菌の上記薬剤のいずれかに対する耐性化率は約10%で、多剤耐性菌は1%以下であるため、早期に適切な治療を行えばほぼ100%の菌陰性化が得られる。一方、既治療再排菌あるいは持続排菌患者では、それぞれの薬剤に対する耐性化率は約40%で、時に治療に難渋する。


おもな耐性菌のまとめ
 メチシリン耐性
黄色ブドウ球菌
(MRSA)
バンコマイシン耐性腸球菌
(VRE)
ペニシリン耐性肺炎球菌
(PRSP)
耐性機構PBPの変異(作用点の変化)
遺伝子mecAおよびその関連遺伝子(染色体)VanA(プラスミド)、VanB(プラスミド・染色体)、VanC(染色体)pbp1apbp2xpbp2bなど(染色体)
頻度50〜60%VanA VRE or VanB VREは数株(アメリカでは20〜30%)低感受性のPISPは30〜40%
完全耐性のPRSPは5〜10%
無効な薬剤β-ラクタム薬、マクロライド、テトラサイクリン、アミノグリコシド系薬VCMなどのグリコペプチド系抗菌薬、TEIC(VanAの場合)β-ラクタム薬、第一・第二世代セフェム、テトラサイクリン、マクロライド系薬
効果の期待
できる薬剤
バンコマイシン(VCM)
テイコプラニン(TEIC)
アルベカシン(ABK)
高用量ABPC+GM
リネゾリド
TEIC(VanB)
キノロン
リファンピシン(RFP)など
セフォタキシム(CTX)
セフォトリアキソン(CTRX)
カルバペネム(MEPM)
ニューキノロン系薬
VCM
 β-ラクタマーゼ非産生性
アンピシリン耐性(BLNAR)
インフルエンザ桿菌
ESBL産生腸内細菌多剤耐性結核菌
(MDRTB)
耐性機構PBPの変異(作用点の変化)基質拡張型クラスA β-ラクタマーゼ(ペニシリナーゼ型)INHは細胞壁合成の変異
RFPはRNAポリメラーゼの変異
遺伝子fts I など(染色体)変異したTEM型、SHV型、TOHO-1型β-lactamase genes(プラスミド)INHはkatG、RFPはrpoβ
頻度2〜5%不明(1%以下?)未治療患者では1%以下
無効な薬剤アンピシリン(ABPC)、β-ラクタマーゼ阻害剤との合剤や、第三世代を含む多くのセフェム系β-ラクタム薬、セフェム系薬(第三世代を含む)、モノバクタム系薬イソニアジド(INH)とリファンピシン(RFP)を中心に、ピラジナミド(PZA)、エタンプトール(EB)、ストレプトマイシン(SM)
効果の期待
できる薬剤
CTX
CTRX
ニューキノロン系薬
カルバペネム(MEPM)
カルバペネム(MEPM)
ニューキノロン
アミノグリコシド系薬
セファマイシン
感受性を有する他の抗結核薬
キノロン
AMKなどの多剤併用
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