11月11日(月)V 脳血管障害の診断と内科的治療  担当:冨本(講師)
症例1 : 77歳、女性
主訴 : ものが二重に見える。
家族歴 : 父親が高血圧・脳梗塞症。
既往歴 : 10年前から高血圧があり、降圧剤を服用している。
生活歴 : 右きき。煙草30本/日・アルコール3合/日。
現病歴 : 2002年3月上旬、起床後、右側を見るとものがニ重に見えるのに気づいた。頭重感があり、家人が話しかけても返事をしないことがたびたびあったため、翌日当院神経内科に受診した。
現症 : 
一般内科的所見 : 身長160cm、体重55kg。頸動脈雑音を認めず、その他の異常を認めなかった。血圧は170/98mmHg。
神経学的所見 : 時間に対する失見当識が認められた。眼球運動では左方注視を指示すると、左眼は外転し右眼が正中に残った。右方注視を指示すると両眼とも正中で動かなかった。垂直方向の眼球運動は正常であった。眼瞼下垂は無く、対光反射は正常、瞳孔径は両眼3mmであった。他の脳神経は正常で、運動失調や四肢の筋力低下・知覚障害を認めなかった。深部腱反射は正常で、病的反射も陰性であった。

問  題  お  よ  び  解  答
 (1) 疑われる病変部位はどこか。
右側のMLF(内側縦束)とPPRF(傍正中橋網様体)
 (2) この眼球運動障害を何と呼ぶか。また、原因として最も可能性の高い病態は何か。
この眼球障害はOne-and-a-half症候群とよばれる。
原因病態としては、ラクナ梗塞の可能性が最も高い。(突発しているため、多発性硬化症とは考えにくい)
 (3) 発症の背景となった危険因子を列挙しなさい。
高血圧、喫煙、多量飲酒、加齢
 (4) この患者の病態生理を確認するには、どのような検査が必要か。また、どのような結果が予想されるか。
・CTがまず最初に行われる。出血でないことが確認できるが、梗塞巣は必ずしも映し出されない
・MRIは場合によっては行われることもあり、梗塞巣が描出される
・MRアンギオグラフィー(MRA)画像において、内頸−後交通動脈分枝部動脈瘤が見つけられる可能性が高い


症例2 : 60歳、男性
主訴 : ろれつ困難、めまい。
家族歴 : 父親が高血圧症。
既往歴 : 高血圧と糖尿病で内服加療中。心疾患の既往はない。
生活歴 : 喫煙30本/日、飲酒歴は無い。
現病歴 : 2002年4月20日起床したところ急にフワーとしためまいと吐き気があり嘔吐した。朝食の際、箸を持つときに右手がふるえることに気づいた。しゃっくりが頻回で、食事が飲み込みにくく無理に食べると激しく咳き込んだ。また、ろれつ困難があり、家人から聞き取りにくさを指摘されている。症状が改善しないため同日夕刻、当院神経内科に緊急入院した。
現症 :
一般内科的所見 : 身長170cm、体重80kg。脈拍は80/分で整、呼吸数18/分、血圧166/82mmHg。心音正常で心雑音・頸動脈雑音はなかった。
神経学的所見 : 意識は清明で、高次脳機能障害を認めなかった。脳神経系では眼球運動の制限はなかった。右の眼裂が狭小化し瞳孔径は右3mm、左4mmと左右差があり、右顔面で発汗の低下を認めた。口蓋垂が左へ偏位し、咽頭の知覚と咽頭反射は右側で低下していた。四肢筋力は正常であったが、右顔面と左上下肢の温痛覚の低下を認めた。触覚・振動覚・関節位置覚は正常に保たれていた。指鼻試験・膝踵試験で右上下肢に協調運動の障害がみられた。深部腱反射は正常で、病的反射は認めなかった。

問  題  お  よ  び  解  答
 (1) 疑われる病変部位はどこか。また最も可能性の高い病態は何か。
右の延髄背外側〜下小脳脚。アテローム血栓性脳梗塞
 (2) この病態の原因となりうる血管病変部位はどこか。
椎骨動脈(70%)、後下小脳動脈(30%)
 (3) この患者の病態生理を確認するには、どのような検査が必要か。
CT、MRI(→後下小脳動脈に小梗塞巣がみられるはず)、MRA


症例3 : 50歳、女性
主訴 : 歩行時に左側の人にぶつかる。
家族歴 : 母親が脳梗塞症。
既往歴 : 高血圧なし。45歳時に検診で心房細動を指摘されたが放置している。
生活歴 : 右利き。喫煙・飲酒歴は無い。
現病歴 : 2001年1月10日朝食後、食事の後片づけ中、突然に後頭部を中心に頭痛をきたし、2日間続いた。四肢の脱力やしびれは無く、視力も異常なかったが、お膳の左側においてある食事を残したり、左からきた自転車にぶつかったりすることが再々であった。また、近所の行きつけの店に行って道に迷うことがあった。精査目的で当院神経内科に入院した。
現症 :
一般内科的所見 : 身長153cm、体重46kgで、胸腹部でLevine V/Wの汎収縮期心雑音を聴取した。
神経学的所見 : 意識は清明であった。瞳孔は正円・同大で、対光反射は直接・間接とも正常であった。眼底は正常で視力・視野にも異常を認めなかったが、左側にある対象物を無視する傾向があり、半側空間無視と考えられた。また、自宅周辺の簡単な見取り図を書くことも困難で、地誌的失見当があると考えられた。脳神経は正常で、四肢の筋力低下・知覚障害を認めなかった。筋トーヌスは正常で、協調運動障害はなかった。深部腱反射は正常で病的反射も認めなかった。

問  題  お  よ  び  解  答
 (1) 半側空間無視、地誌的失見当から疑われる病変部位はどこか。
劣位半球の頭頂葉
 (2) 脳梗塞の臨床病型分類の3型を列挙しなさい。また、本疾患の患者がどれに該当するか、そのように判断する根拠とともに記述しなさい。
脳梗塞は、@アテローム血栓性脳梗塞、A心原性塞栓症、Bラクナ梗塞の3型に分類される。@は安静時に発症してから、階段状に増悪することが多く、高血圧などに伴う動脈硬化が基礎疾患としてある場合が多いのに対して、Aは突発的に発症することが多く、心房細動・心房粗動・心筋梗塞・うっ血性心不全・弁疾患などの心疾患を基礎疾患とする場合が多い。Bは脳深部の小径の穿通動脈に梗塞巣が生じるために起こるもので、小さな病変にとどまることがほとんどである。これらのことから考えると、本疾患はA心原性塞栓症と考えられる
 (3) 治療方針を決定するうえで必要な検査は何か。
CT、MRI、MRAなどの画像検査による閉塞部位の確認に加えて、心エコー・心電図検査を行って不整脈の状態を確認する
 (4) この患者の治療方針について述べよ。
脳塞栓症と考えられるので、抗凝固薬(ヘパリン、慢性時にはワルファリン)と脳循環改善薬を投与した上で、本疾患の原因となった心房細動治療用に抗不整脈薬をあわせて投与する


解   説
症例1
   眼球運動障害の患者は、両眼視機能の障害がみられるため、「物が二重に見える」と複視を訴えることが多い。ただ、核上性の眼球運動障害では複視は訴えない。その他、物を見るときに像の位置が実際とずれるため「物をうまくつかむことができない」と訴えたり、複視の結果として「頭がくらくら」すると訴える。また、複視を避けるため麻痺筋を使わないですむように眼性斜頸を認めることがある。
   眼球運動障害には、大きく分けて、核性・末梢性の眼球運動障害と中枢性の眼球運動障害の2種類がある。それぞれの特徴は以下の通りである。





核性動眼神経・滑車神経・外転神経の障害でそれぞれその支配外眼筋障害による眼球運動障害をみる動眼神経麻痺では、対光反射消失や眼瞼下垂を合併する。また、軽い眼球突出を伴うことがある
滑車神経麻痺では、回転性の複視がみられ、頭位傾斜をみる(Bielschowskyの頭位傾斜)
外転神経麻痺では、複視を訴え、患側に向くときに増強する
神経筋接合部・
筋性
MG、Eaton-Lambert症候群、外眼筋ミオパチー(甲状腺機能亢進症、Kearns-Sayre症候群、眼筋ミオパシー、眼・咽頭筋ジストロフィー)で、単独の外眼筋麻痺では説明できない眼球運動障害を示す。これらでは全眼筋で障害をみる
眼球周囲眼部への鈍性外傷などで、眼窩底の陥凹骨折が起こると、眼球上転障害、眼球陥凹、眼球下方偏位が起こる。また、眼窩腫瘍での眼球突出と眼球運動障害が起こる






MLF症候群
(水平眼球運動障害)
水平眼球運動の中枢は、橋にある内側縦束(medial longitudinal fasciculus; MLF)で、一側の動眼神経核と反対側の外転神経核の間を連絡している。MLF症候群では、病側の内転障害に健側では外転時に眼振をみる。さらに、病側への側方注視麻痺を伴うものを one-and-a-half症候群と呼ぶ。この場合、側方視は健側外転しかできない。また、one-and-a-half症候群の急性期には、健側眼球が外転位をとり、麻痺性橋性外斜視とよばれる
Parinaud症候群
(上下眼球運動障害)
上下眼球運動の中枢は、中脳赤核の吻内側にあるriMLF(内側縦束吻側間質核)とされる。この核を中心に、動眼神経、滑車神経、Cajal(カハール)核、PPRF(傍正中橋網様体)、前頭葉、頭頂後頭境界領域が関与している。Parinaud症候群は、上方注視麻痺もしくは上下方注視麻痺に輻輳麻痺を認めるとされるが、定義には混乱がある。上方視の経路は、riMLFから後交連を経由して動眼・滑車神経核に至るが、下方視の経路は上丘を経由せずに動眼・滑車神経核に至る。したがって、中脳背側の障害であっても、riMLFや後交連の障害の有無で臨床症状は異なる
輻輳・開散麻痺輻輳とは両眼の内方への運動のことであり、開散とは眼の外方への運動のことである。サルの実験では、動眼神経背外側近傍に中枢があるとされるが、ヒトでは明らかではない。ただ、Parinaud症候群で輻輳麻痺を合併するため、中脳網様体と背側部にその存在が想定されている
水平注視麻痺側方視は、FEF(前頭眼野)とPPRFの連絡で行われている。注視麻痺は、一側への眼球運動ができなくなっている状態で、偏倚は眼球が偏位している状態である。大脳半球や内包の障害では病側への注視麻痺がみられ、脳幹やPPRFの障害では健側への注視麻痺がみられる
全眼筋麻痺中枢性で病変が出現する場合は、動眼・滑車・外転の3つの外眼筋脳神経核がすべて障害されたときに出現するため、眼瞼下垂、散瞳もみられる。原因は、外眼筋脳神経核が集合している部位の病変が想定される
MLF症候群と水平注視麻痺
   なお、瞳孔径は2mm以下(縮瞳)ないしは6mm以上(散瞳)の場合は病的とされるので、本症例では瞳孔の異常はない。

症例2
   まず、症状を整理してみる。
   右顔面の温痛覚の低下および左上下肢の温痛覚の低下は、右の延髄背外側の障害によって三叉神経脊髄路と脊髄視床路が障害を受けた結果、症状として現れたものと考えられる(延髄外側症候群)。この疾患の場合、下小脳脚あるいは疑核の障害を合併する場合が多く、この組み合わせはWallenberg症候群とよばれる。下小脳脚に障害を受けた場合には、脊髄小脳路が障害されて、障害側の運動失調を合併する。一方、舌咽・迷走神経にかかわる疑核に障害を受けた場合には、味覚異常や嚥下障害を伴う。
延髄での横断面
   一方、起立性低血圧(めまい)、右眼瞼下垂(右眼裂狭小化)、右眼縮瞳(瞳孔径の左右差)、右顔面発汗低下は、右側の交感神経系の障害によって起こったもの(Horner症候群)と考えると説明がつく。
   また、構音障害(ろれつ困難)、嚥下困難、口蓋垂の左方偏位、右側咽頭知覚低下、右側咽頭反射低下は、右迷走神経障害によるものと考えられる。これは上記のWallenberg症候群に伴って起こったものと考えれば説明がつく。

症例3
   この症例でみられた異常所見は、半側空間無視、地誌的失見当、そしてLevine V/Wの汎収縮期心雑音の聴取の3点であった。
   この患者は心房細動を指摘されながら、何ら治療をしてこなかった。心房細動は全身性塞栓(特に、脳梗塞)のリスクファクターで、右中大脳動脈に梗塞巣ができた結果、頭頂葉、後頭葉が障害を受けたと考えれば、異常所見のうちの半側空間無視と地誌的失見当は説明できる。
   一方、Levine V音/W音とも健常者でも聴取されることがあるが、一般に前者が聴取された場合には心不全、妊娠、甲状腺機能亢進症、僧帽弁閉鎖不全症などが、後者が聴取された場合には心不全、高血圧、肥大型心筋症、大動脈弁狭窄症、虚血性心疾患などが疑われる。この患者の場合には、心房細動の症状が徐々に悪化してきていて、心不全になる一歩手前の状況にいるということを意味しているのではないかと考えられる。
脳梗塞の機能的分類(古典的分類)
 脳血栓症脳塞栓症
穿通枝系皮質枝系
頻度50〜60%10〜20%20〜30%
発症年齢壮・高年者いずれの年齢層にも起こる
発症時の状況 睡眠中や朝の覚醒時など安静時に多い 日中活動時や起床直後など
起こり方階段状に増悪することが多い突発完成
意識障害ほとんどないあまり強くない高度のものが多い
皮質症候ないあまり多くない多い
共同偏視ない少ないしばしば
基礎疾患動脈硬化(高血圧、糖尿病など) 心疾患(弁膜症、心房細動など) 
 多臓器・四肢の 
虚血症状
ない間欠性跛行、
虚血性心疾患
発症と相前後してみられることあり
CT所見基底核のみに小病変。出血性梗塞、圧排所見はみられない皮質と髄質の境界域まだら状の低吸収域がみられる。出血性梗塞、圧排所見はまれにみられる動脈支配の全域または一部に、皮質を含んだ、比較的均等の大病変がみられる。出血性梗塞、圧排所見は多い
脳血管
撮影所見
動脈閉塞はみられない。動脈硬化についてはみられる場合もあれば、みられない場合もある動脈閉塞が高頻度にみられる。動脈硬化は必ずみられる早期には動脈閉塞が高頻度にみられる。動脈硬化はみられる場合もあれば、みられない場合もある

脳梗塞の臨床的分類(現在臨床の場で用いられている分類)
 アテローム性血栓症心原性脳塞栓症ラクナ梗塞
 発生機序 脳血管にアテローム性の動脈硬化が起きて進行し、これが原因で脳血管が閉塞して発症する脳血管に狭窄が無かった人に、心臓などから血栓が塞栓子として流れてきて、脳血管を突然閉塞する多くは穿通枝という非常に細い細動脈が閉塞することで起きる
基礎疾患動脈硬化心房細動・心房粗動・心筋梗塞・うっ血性心不全・弁疾患などの心疾患血栓症あるいは塞栓症
好発部位脳の大きな動脈のどこにでも起こる。椎骨動脈あるいは脳底動脈に起こった場合には、特に重症化しやすく、死亡する可能性が高い大動脈の分岐部に特に起こりやすい非常に限局した範囲に脳梗塞が起きる。特に基底核で好発する
症状発症後徐々に症状が進行し、数日かけて症状が完成することが多い。ラクナ梗塞よりは重症だが、脳塞栓症よりは軽症なことが多い早い経過で重症になることが多く、広範囲な脳梗塞が起きて、しばしば死亡する。死亡せずとも、意識が戻らなかったり、寝たきりになりことが多い麻痺は残ることがあっても、命に関わる脳梗塞に発展することは通常ない
画像所見くさび形病変MR画像上では血管内腔の拡大と見分けがつきにくい
治療血栓溶解薬、抗血小板薬急性期にはヘパリン、慢性期にはワルファリン

脳血管の閉塞部位と臨床症状の関係
閉塞動脈主      要      症      状
内頚動脈一側性視力障害(病巣側)片麻痺(健常側)、感覚障害(健常側)TIA(一過性脳虚血)症状反復、無症状(側副血行路が発達している場合)
 前大脳動脈 片麻痺(健常側)下肢の感覚障害(健常側)、嗅覚欠如、記憶障害、尿失禁、自発性欠如原始反射(吸引反射・把握反射)、失行症、無動無言症
中大脳動脈片麻痺(健常側)感覚鈍磨(健常側)同名半盲(健常側)、意識障害、反対側注視麻痺、構音障害、失語症(左半球)Gerstmann症候群(左半球)失読失書(左半球)失行症(左半球)着衣失行(右半球)失認(右半球)半側空間無視(右半球)
後大脳動脈感覚障害(健常側)同名半盲(健常側)、不全片麻痺(健常側)、記銘障害、せん妄、純粋失読(左半球)視覚失認(左半球)相貌失認(右半球)
脳底動脈悪心嘔吐回転性めまい、複視、意識障害、両側不全麻痺、偽性球麻痺、球麻痺、瞳孔異常、頻脈、呼吸促拍、交代性片麻痺Weber症候群Millard-Gubler症候群Foville症候群Wallenberg症候群Avellis症候群Jackson症候群
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送