嫌気性有芽胞菌と感染症

  1. クロストリジウム属の通性
  2. 破傷風菌と破傷風
    1. 病原性
         破傷風菌は世界中に広く土壌・汚泥に存在しており、ヒトや動物の糞便中にも見いだされる。 挫滅創、特に土壌や異物で汚染された創傷は破傷風に罹りやすい傷である。創傷部が、組織の壊 死あるいはブドウ球菌などの混合感染により嫌気状態になった時、創傷部に侵入した破傷風菌の 芽胞が発芽・増殖を開始し、破傷風毒素を産生する。菌は感染局所に留まるが、毒素が血流によ り全身に運ばれ発症に至る。
         一般的な病型は全身性破傷風である。通常、受傷4〜7日後に外傷部付近に突っ張る感じ、肩 凝り、舌のもつれ、顔が歪むなどの症状が現れる。これらの症状が1〜2日続いた後、多くは開 口障害(牙関緊急)が初発症状として出現し、しだいに嚥下・発語障害、歩行・起立障害が現れる。 この時期、顔面諸筋の痙攣の結果、顔面の皺が深くなり、一種の苦笑いに似た特異な顔貌を呈す る。初発症状が現れてから数日後に、痙攣発作が全身に波及する。背筋の痙攣が起これば、全身 が弓状に反り返る姿勢(弓そり緊張)をとる。数週間後には全身痙攣は消失するが筋肉の硬直は長 く持続し、徐々に緩解してやがて正常に戻る。

    2. 毒素
      • 破傷風毒素(テタノスパスミン)
           破傷風の主症状である運動系の活動亢進(痙攣麻痺)を引き起こ す毒素。分子量約15万の1本鎖ポリペプチドとして菌体内で産生され、菌の自己融解に伴っ て菌体外に放出される。菌体外ではN末端から分子量約5万のところに切れ目が入り、N末 端フラグメント(L鎖[A])とC末端フラグメント(H鎖[B+C])がS-S結合でつながった形で存 在する。毒作用の本態はL鎖の亜鉛依存性プロテアーゼ活性であり、シナプス小胞付随タン パク質で開口分泌にあずかるシナプトブレビンを特異的に切断し、シナプスからの神経伝達 物質の放出を阻害する

    3. 菌の特徴
      • 0.3〜0.6×3〜6μmの桿菌
      • 芽胞は円形で端在性に位置し、菌体の幅より大きく、いわゆる"太鼓のバチ状"とよばれる特徴的な形態を呈する
      • 周毛性鞭毛を有し、運動性がある 糖発酵能はほとんどなく、アミノ酸をエネルギー源、炭素源として利用する

    4. 予防
         破傷風トキソノイドによる能動免疫は、破傷風予防にきわめて有効である。小児期にジフテリ アトキソイド、百日咳ワクチンを混ぜたDPTワクチンを3回接種することにより、基礎免疫を しておく。基礎免疫後には、10年に1回の追加免疫をすることが望ましい。

  3. ボツリヌス菌と食中毒
    1. 病原性
         ボツリヌス菌は世界的に広く、土壌、河川、湖沼に分布している
      • 食事性ボツリヌス中毒
           古くから知られているボツリヌス中毒で、典型的な毒素型中毒である。 食品中に産生された毒素を摂取することにより起こる。食品摂取後2〜40時間の潜伏期があ る。下痢、嘔吐などの胃腸症状、めまい、複視、眼瞼下垂、嚥下困難などの運動神経麻痺症 状が現れる。死因はほとんどの場合、呼吸筋麻痺である。発熱が見られないことが特徴であ る。わが国の中毒例のほとんどは、"いずし"を原因食とするE型中毒であり、北海道およ び東北地方で発生している。E型以外では、1984年熊本市で作られた真空パック辛子蓮根 によるA型中毒など、6件がある
      • 乳児ボツリヌス症
           1976年にアメリカで発見された病型で、生後3週間から8ヶ月までの乳 児が罹る。経口摂取されたボツリヌス菌芽胞が、腸管内で発芽・増殖して産生された毒素に よって起こる。蜂蜜が芽胞の主な媒介原因食である。頑固な便秘、吸乳力の低下、弱い泣き 声、その他運動麻痺症状が現れる

    2. 毒素
      • ボツリヌス毒素
           破傷風毒素と同様、菌体内で産生され、菌の自己融解に伴い菌体外へ放出さ れる。本毒素は、易熱性のタンパク毒素であり、100℃1分で不活化される。ボツリヌス毒 素は、毒性成分1分子(分子量約15万で破傷風毒素と類似のサブユニット構造およびプロテ アーゼ活性をもつ)と無毒成分1分子(分子量15万、35万または75万)の複合体の形での培 地、食品中に産生される。
           毒性成分は、S-S結合でつながった分子量約5万のN末端フラグメント(L鎖)と、分子量 約10万のC末端フラグメント(H鎖)からなる。毒素の作用点は、アセチルコリンを伝達物質 とする神経接合部、副交感神経終末である。毒作用の本態はL鎖の亜鉛依存性プロテアーゼ 活性であり、開口分泌にあずかる特定のシナプス小胞付随タンパク質を特異的に切断し、ア セチルコリンの放出を阻害する。

    3. 菌の特徴
      • 0.5〜2.0×2〜10μm
      • 耐熱性の芽胞が楕円形で菌体中央部または菌端近くにある

    4. 予防
         わが国では"いずし"による中毒が多いので、自家製"いずし"を食べる習慣をなくすことが大切である。乳児ボツリヌス症の予防には、1歳未満の乳児には蜂蜜を与えないことである。

  4. ウェルシュ菌とガス壊疽および食中毒
    1. ガス壊疽
         クロストリジウムが創傷感染した時、ガスを伴う急激な筋肉の壊死を主とした病変が起きるこ とがあるが、これをガス壊疽という。病変の進行は早い。本疾患は組織傷害が酷く、土壌により 汚染された創傷に続発するのが普通の形である。また混合感染が一般的である。感染した菌が増 殖し各種の毒素、ガスを産生し、組織を破壊することにより起こる。

    2. 食中毒
         ウェルシュ菌食中毒は、1gあたり106個以上のエンテロトキシン産生菌により汚染された 食物を摂取した時に起こる。12〜24時間の潜伏期の後、悪心・下痢を主症状として発症する。 多くは一過性である。この中毒の多くは大量に調理した食品により起こる。

      1. 毒素
           原因毒素のエンテロトキシンは、分子量約35000のタンパク毒素であり、芽胞形成時に菌体内に産生・蓄積され、芽胞形成が進行し、菌体が自己融解するとともに菌体外へ放出される。

      2. 菌の特徴
        • 0.8〜1.5×2〜4μmの大型の桿菌で、鞭毛はない
        • 芽胞は楕円形で、亜端在性に位置する

  5. ディフィシル菌と偽膜性大腸炎
    1. 病原性
         症状として下痢は必発であり、腹痛を伴う。便の性状は軟便、泥状便、水様便、膿を混ずるな ど多様である。病院での集団発生は、入院患者あるいは病院環境からのディフィシル菌の感染に よる。偽膜性大腸炎は高齢者に多い。

    2. 毒素
         有毒ディフィシル菌は、分子量約31万のトキシンAと分子量約27万のトキシンBを産生する。 両毒素は、ともに培養細胞を変性させる活性を有するが、トキシンBは特にその活性が強いとこ ろから、サイトトキシンと称されている。トキシンAは、結紮腸管液体貯留活性を有するところ からエンテロトキシンと称されており、下痢、大腸炎発症に最も重要な因子である。まず、トキ シンAが腸管上皮細胞に傷害を与え、トキシンBは損傷を受けた部位から粘膜に侵入し、毒作用 を発揮すると考えられている。

    3. 菌の特徴