細胞周期とチェックポイント

細胞周期エンジン
   細胞周期を動かすアクセルの働きをしているのが、種々のサイクリン(=調節サブユニット)とサイクリン依存性キナーゼ(CDK;=機能サブユニット)からなる複合体(リン酸化酵素)であり、ブレーキにあたるものが、サイクリン依存性キナーゼ阻害因子(CDKインヒビター)である。エンジンのうちCDKの発現量は一定であるが、サイクリンの量がユビキチンによる分解調節によって周期的に変動しており、複合体の活性を変化させている。
細胞周期エンジンの制御分子群


チェックポイント
   HartwellとWeinert(1989)により提唱された概念で、細胞周期の進行に伴っておこるある事象の開始に、その前の事象の完了が必要であるときに、前におこる事象の完了を監視する機構チェックポイント機構とよぶ。チェックポイントは、細胞の分裂において常時細胞周期エンジンを監視していて、異常があればすぐにそれを停止させる機構を有しているので、細胞周期の暴走―発がん―のリスクを低く抑えることができる。しかし、多くのチェックポイント因子遺伝子は生育に必須のものではなく(その働きが暴走を止めるだけだから)、遺伝子破壊をおこしても致死ではないが、発がん率は通常より高くなる。現にチェックポイント機構のシグナル伝達に関与する分子の異常に起因する遺伝病の多くは発がん傾向を示す。
チェックポイント機構

チェックポイント因子の分類
≪機能分担≫
 ・異常をモニターして検出する検出因子
 ・検出した異常を修復装置に伝える仲介因子
 ・修復あるいは破壊を実際に行う作動因子
≪時期による分類≫
 ・G1期チェックポイント(G1⇒S、G1/S)
 ・G2期チェックポイント(G2⇒M、G2/M)
 ・S期チェックポイント(S⇒S、S⇒G2、S/G2)
 ・M期チェックポイント(分裂中期⇒分裂後期)
≪機能による分類≫
 ・DNA傷害チェックポイント
   (DNAに損傷がある状態で複製や分配が行われるのを防ぐ)
 ・DNA複製チェックポイント
   (DNAが完全に複製される前に細胞が分裂し染色体が分配されるエラーを防ぐ)
 ・スピンドルチェックポイント
   (紡錘糸が正確に集合し、すべての染色体動原体に付着するまで分離が起きないようにする)

G1チェックポイント
   細胞周期がG1からSへ移行するときのチェックポイントであり、細胞の大きさや増殖因子の有無(環境)、中でも特にゲノムDNA傷害の有無を感知して細胞周期を停止させる。p53、pRb、INK4遺伝子産物がその主要な仲介因子であり、最終的にCDK2活性の抑制によって細胞周期を停止する。ほとんどのがんで異常が見つかる重要な経路。

Sチェックポイント
   DNA複製チェックポイントとほぼ同義に使われ、DNA複製の遅延、複製フォークの停止を感知して、G2またはM期への進行を阻害する。また、DNAが過剰複製しないような機構も働いている(ライセンス化)。DNAポリメラーゼには、DNAの伸長を実際に行う polymerase subunit の他に、sensor subunit をもっており、DNA上の傷の箇所で停止し、チェックポイントシグナルを出す。
※ ライセンス化とは、細胞周期の間に複製が1回しか起きないことを保証するメカニズム。すなわち、S期の後にM期を経なければ、次のS期をおこすことができないシステム。

G2チェックポイント
   細胞周期がG2からMへ移行するときのチェックピントであり、p53が欠失してもおこる。細胞の大きさ、ゲノムDNA損傷の有無、DNA複製傷害を感知して細胞周期を停止させる。主たる仲介因子はChk1・Cdc25Cであり、最終的にCdc2活性の抑制によって細部周期を停止させる。このG2チェックポイントは、DNA合成に異常があった場合に、その細胞の生存に必須である。

スピンドルチェックポイント
   すべての姉妹染色体の動原体(キネトコア)が紡錘糸(スピンドル)に結合することは、均一な染色体分配に必要不可欠である。もしこの過程が完了する前に姉妹染色分体の解離が開始すると染色体の不均等分配がおこり、結果的に染色体数の不安定性が生じ、異数体・倍数体が高頻度に出現する。このような染色体の不均等分配を監視する機構をスピンドルチェックポイントとよぶ。スピンドルに未接続のキネトコアが存在すると、Mad2を中心とした複合体が形成されて活性化される。この複合体はM期進行に伴い分解される因子のユビキチン化を抑制する。結果的に細胞周期は分裂中期で停止する。がん細胞においてよく認められる染色体数の異常には、スピンドルチェツクポイントの異常が関与している。
MIN(microsatellite instability)⇔CIN(chromosomal instability)
がん細胞の中で、マイクロサテライトマーカーなど、シークエンスレベルでの不安定性を示すものと、染色体の数の変化など大きな不安定性を伴うものがある。前者はミスマッチ遺伝子の欠損がんなどによく見られ、後者はスピンドルチェックポイントに異常をもったがんによく見られる。その鑑別は、微小管重合阻害剤下で分裂するかどうかで判定できる。
※ 紡錘糸は微小管でできているので、微小管重合阻害剤を加えれば、染色体が赤道面に整列することができず、スピンドルチェックポイントが働いて、分裂中期で細胞周期が停止する。


細胞周期と癌とをつなぐRBタンパク質とp53

RBの構造とその結合タンパク質
   RB遺伝子の欠損は骨肉腫・肺がん・乳がん・膀胱癌などの発症にもかかわって、欠損が癌を引き起こすところから、同遺伝子は癌抑制遺伝子の1つとして分類されている。pRBはアデノウイルスE1A、ヒト・パピローマウイルスE7などと結合して増殖抑制活性を失う。これがこれら癌ウイルスの発がん性を示す1つの理由と考えられる。G0期の細胞では、活性型のRbタンパクが遺伝子調節タンパク質と結合しており、それを不活化しているが、増殖状態の細胞では、Rbタンパクがリン酸化により不活化され(アロステリック作用)、遺伝子調節タンパク質が活性化される。

ゲノムの保全状態を監視するp53
   p53は約半数のヒト癌で異常が見いだされる癌抑制遺伝子で、多量に発現させるとほとんどの培養細胞の細胞周期をG1期で停止させる強力な活性をもつ。
@ ヒト癌で高頻度の遺伝子変異が見られ、その座位する染色体には高率でヘテロ接合性の喪失が見られる
A 家族性腫瘍に関与し、発がん過程で対立遺伝子が消失する
B 野生型p53遺伝子を導入すると腫瘍細胞の腫瘍原性は低下する
p53は通常の細胞周期の制御や個体発生には必須ではないが、放射線や化学物質によってDNAが障害を受けるとその発現量は増加し、G1停止あるいはアポトーシスをおこす。p53はゲノムの管理人ともよばれ、ゲノムの保全状態を常に監視している。いったんDNA損傷がおこると大量に発現誘導され、誤ったDNA合成を防ぐため、細胞周期をG1期で停止させて傷害が修復されるまでの時間を稼ぐ。修復不能な細胞に対してはアポトーシスを誘導して殺してしまう。このような2通りの手段でDNAの安定性の保持を担っているため、ひとたびp53に欠損が生じると、染色体DNAの不安定性が増大し、癌化への速度を増加させる。
   通常の状態では、p53にMDM2が会合してp53の分解を促進している。DNAに損傷が起きると、ATM・ATRによって認識され、p53のリン酸化がおこり、活性化される。なお、そのリン酸化部位の違いによって機能が変化する。


DNA修復能に欠損をもつ疾患および染色体不安定性を示す疾患

DNA損傷の多様性

 原因主なDNAの変化
内的な要因DNA複製エラーミスペア・フレームシフト
塩基の互変異性ミスペア
脱塩基反応ミスペア
酸化的損傷ミスペア・2本鎖切断




物理的要因紫外線シクロブタン型ピリミジンダイマー
(6-4)光産物
電離放射線(X線・γ線)1本鎖切断・2本鎖切断
化学的要因アルキル化剤アルキル化塩基
架橋材鎖内架橋・鎖間架橋


DNA修復機構の分類

損傷の直接的・
可逆的な修復
ピリミジンダイマーの光回復
アルキル化塩基の脱アルキル化
2本鎖切断の再結合
除去修復塩基除去修復
ヌクレオチド除去修復
ミスマッチ修復
組換え修復複製後修復
相同的組換えによる2本鎖切断の結合
非相同的組換えによる末端結合


DNA修復機構に欠損をもつ病態

 機能反応に関与する
主なタンパク分子
各経路により
おこる疾患
塩基除去修復
(BER)
加水分解や酸素ラジカルによる、DNAの塩基化学修飾の修復APエンドヌクレアーゼ、種々のDNAグリコシラーゼ知られていない
ヌクレオチド除去修復
(NER)
紫外線照射でつくられたDNAの化学修飾の修復。BERよりも大きいサイズの化学修飾を修復できるXPA
CSA
色素性乾皮症
コケイン症候群
ミスマッチ修復
(MMR)
DNA複製時に新しく合成されたDNA鎖上の塩基の取り込みの誤り(ミスマッチ)を修復MSH・MLAリンチ症候群(HNPCC)
大腸がん
非相同性2本鎖切断
末端結合(end-joining)
2本鎖DNAの修復。
Bリンパ細胞の抗体遺伝子のV-J組換え、クラススイッチ組換えにも使用される
DNA依存性プロテインキナーゼ・Ku免疫不全
(TとBリンパ細胞が発生できない)
組換え修復
(recombinational repair)
2本鎖DNAの修復を、切断端のDNAとそれの相同染色体もしくは姉妹染色分体との相同組換えによって行うRad51・Rad54
Mre11
知られていない
DNA損傷チェックポイント
(DNAの損傷を認識)
ゲノムDNAの損傷を認識して、その損傷が修復されるまで、DNA複製や細胞分裂を停止したり、損傷を修復できない細胞にアポトーシスを誘導するAtm・NBS・
p53・p21
血管拡張性運動失調症
Nijmegen症候群
スピンドルチェックポイント
(細胞分裂時の異常を認識)
細胞分裂中に姉妹染色分体が各娘細胞に均等に分配されるようにチェックするBub1・Mad1・
Mad2
染色体の異常を示す癌の一部


ヌクレオチド除去修復(NER)に欠損をもつ疾患

 臨床症状
色素性乾皮症
(XP)
常染色体性劣性遺伝疾患。紫外線感受性が高く、皮膚の光線過敏症状(露光部の色素沈着など)、皮膚がん・内部臓器癌の高発、進行性の精神神経症状を特徴とする
コケイン症候群
(CS)
手足が相対的に長く、目が落ち窪んだ特徴的な小人症の所見を示す。光線過敏症状も見られる
硫黄欠乏性毛髪発育異常症
(TTD)
常染色体性劣性遺伝疾患。毛髪・眉毛・睫毛はすべてもろく、まばらであり、爪の低形成も観察される。システインなどの含硫アミノ酸の減少に起因する。また、約半数には光線過敏症状が見られる


ミスマッチ修復に異常をもつ疾患
   遺伝子変異の頻度は大変低く、ある特定の塩基に変異がおこる確率は、1回の細胞分裂あたりだいたい10-9とされている。これをもとに計算すると、1回の細胞分裂の間に、細胞あたりで1塩基弱の遺伝子変異が起きることになる。ところが最近、遺伝子変異を高める結果をもたらす、DNAミスマッチ修復(MMR:mismatch repair)異常とよばれる遺伝子異常の存在が明らかになった。これは、DNA複製の際に生じた小さな変異を正しく修復できないためにおこる疾患であり、多くの癌の発生にかかわっている。このMMRは、どのような生物でもその存続にとって非常に重要であり、最近からヒトに至るまで高度に保存されている
   染色体DNAには反復配列が非常に多く含まれている。その大きさに応じて、サテライトDNA(100〜6500塩基対)、ミニサテライト(20〜100塩基対)、マイクロサテライト(2〜10塩基対)とよび分けられている。特にこの中のマイクロサテライトは、その繰り返し回数の個人差が大きく、非常に優れた多型性マーカーであり、リンケージ解析や染色体欠失などに利用されている。このマイクロサテライト領域は、DNA複製の際にDNAポリメラーゼがミスを最も起こしやすい箇所の1つであり、MMRに異常がある場合、マイクロサテライトマーカーを用いたPCR法により、がん組織において正常組織では見られない異常バンドが出現する。これは、マイクロサテライト・インスタビリティMI:microsatellite instability)とよばれる現象であり、マイクロサテライトの繰り返し回数が細胞によって異なっていることを表している。
   MMRの異常によっておこる疾患の1つに遺伝性非腺腫症性大腸がん(HNPCC)がある。これは、常染色体優性の遺伝性疾患で、多くの患者は40〜50歳で大腸がんを発症する。また大腸がん以外にも子宮内膜や卵巣・胃などさまざまな臓器にしばしば癌を発症する。この疾患の原因は、MMR機構に関与する酵素群をコードするMMR遺伝子群の先天性異常であり、多くの患者の腫瘍でMIが確認される。


染色体レベルでゲノム不安定性を示す疾患

 臨床症状・細胞レベルの異常
ファンコニ貧血造血系の細胞の減少など、5つのサブグループがあり、それぞれ臨床症状が異なる。好発がん性
ブルーム症候群自然発生の姉妹染色分体が多く観察される。好発がん性
血管拡張性運動失調症運動失調・眼の結膜などの毛細血管拡張。好発がん性。
電離放射線に対する感受性増大
ナイミーヘン症候群小頭症、好発がん性。
電離放射線に対する感受性増大


血管拡張性失調症
   ATと略される場合がある。常染色体劣性の遺伝性疾患で、@小脳性運動失調、A免疫不全、B毛細血管拡張、その他精神遅滞、早老、リンパ性悪性腫瘍の数百倍の発生率など多様な臨床像を示す。AT患者の細胞は電離放射線への高感受性を示し、ナイミーヘン症候群とともにヒトで唯二(こういう言い方あるんでしょうか?)の放射線感受性疾患である。その原因遺伝子はATMとよばれ、DNA損傷の検出系から細胞周期制御系(p53やchk2)への情報伝達のキー分子である。そのため、AT患者細胞ではDNA合成の抑制が効かなくなってしまっており、電離放射線を照射した場合でもDNA鎖切断という重大な障害をもったまま細胞周期が進行する。この現象は放射線抵抗性DNA合成とよばれるもので、DNA損傷後のチェックポイント機構が発揮されないためにおこる。AT患者細胞ではG1/SとG2/M、およびS期でのチェックポイントがうまく機能していないのである。


以下はテストにはあまり関係ないです。でもおもしろい(といったら言葉は悪いが)病気なので、テストが終わってからでも目を通してみてください。

ブルーム症候群とウェルナー症候群
   ブルーム症候群は常染色体劣性の遺伝性疾患で、発育不全や日光過敏、悪性腫瘍の頻発などの症状が観察される。ブルーム症候群で見つかる悪性腫瘍の特徴は、きわめて多様な臓器・部位から、あらゆる種類の癌が正常人の100倍以上の高頻度で、若年において発症することにある。ブルーム症候群患者では、体細胞分裂において本来はほとんどおこらない相同染色体間の組換え(姉妹染色分体交換)が高頻度でおこるために、染色体のヘテロ性がなくなっている。そのため、父方と母方の両方で機能を互いに補い合ってきた染色体が不安定になり、好発がん性を示すものと考えられている。
   一方、ウェルナー症候群は日本に多い(世界の患者の約3/4は日本人)常染色体劣性遺伝疾患であり、近親婚での発生がその多くを占めている。ウェルナー症候群は、簡単に言うとすべての老化現象が前倒しにされておこる早老症である。つまり、32歳頃までに白髪・白内障・骨粗鬆症などがおこり、平均36歳で糖尿病、42歳で悪性腫瘍(肉腫が多い)が発生、44歳で動脈硬化を併発し、平均49歳で死亡する。ヒトの正常細胞は有限の分裂回数しか分裂できないことが証明されているが(細胞老化)、ウェルナー症候群患者由来の細胞では、細胞寿命が正常人由来の細胞に比べて短くなっている。
   ブルーム症候群・ウェルナー症候群とも、DNAをほどく酵素であるRecQヘリカーゼの異常によっておこることが最近になって明らかになった。この酵素は大腸菌からヒトに至るまで高度に保存されている酵素であるが、上記両症候群患者では、この酵素の核移行シグナルがフレームシフトとナンセンス変異によって欠損している。


ファンコニ貧血
   多彩な臨床症状を伴う常染色体劣性遺伝性の奇形症候群である。血液学的な主徴候は、骨髄の機能低下による再生不良性貧血・血小板現象・白血球現象であり、生後1歳で発症する。ファンコニ貧血症患者の細胞では、自然状態においても高頻度の染色体異常が観察される。
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