種々の生命現象を示すデータのグラフ

突然変異頻度
   1遺伝子座あたりの突然変異の頻度は被曝量に比例して増加する。つまり、1つの光子の、DNAへのヒットが1つの変異を引き起こすことが分かる。また、転座の頻度は被曝量に対して2次関数的に増加する。これは、DNA上の2箇所の変異によって転座がおこるためと考えられている。
   また、このことは親から子への遺伝においてもいえる。先天性異常の大部分(約95%)は、非遺伝性の異常であるが、マウスを用いた研究からは、子供の突然変異率が親に照射した放射線量に応じて増加することが分かっている。

発がん 〜電離放射線による晩発効果
   がんによる死亡者数を年齢に対してプロットすると、4〜5次関数的なグラフが得られ、それを両対数グラフで書き直すと傾き4〜5の直線となる。このことは、1個の細胞に4〜5回のイベントが蓄積したときに発がんがおこることを示唆している。しかも、1回おこったイベントが数十年という長い期間に安定されて保存された結果、蓄積の効果が出現するので、ゲノムDNAの変異がイベントの本態であると考えられるようになった。
   がんの多くは変異の蓄積によっておこり、被曝後数十年しないと発病しないが、白血病は少ないイベントによっておこり、被曝直後数年以内の発がん率が非常に高い。

急性効果
   電離放射線を個体に照射したとき、その直後には脱毛や皮膚出血斑、口腔咽頭炎などの急性効果が現れ、被曝後1ヶ月頃に死亡率のピークを迎える。これは細胞死によって引き起こされるもので、被曝後2ヶ月頃にはほぼ完全に姿を消してしまう。


片対数グラフで直線の現象

ラジオアイソトープの減衰
   不安定な核をもった核種はある時間たつと壊れて他の核種に変わってしまうが、1個1個の原子で見た場合 all or nothing の現象である。また、この壊れ方は統計的であって、どの原子がいつ壊れるか予想することができない。しかし、崩壊の確率は通常の条件では、時間のみに依存し、他の条件には影響されない。ある不安定な核種の単位時間に壊れる確率はその核種に固有であり、崩壊定数という。今、崩壊定数をλとすると、時刻tでの不安定核種の総数Nは、初期(t=0)の放射性同位体の総数をN0を用いて、 ラジオアイソトープの減衰
     N=N0e-λt
と表される。このように、不安定な核をもった放射性同位元素の数は指数関数的に減少し、その現象の速さの程度はλによって決定される。
   しかし、実際問題として崩壊の速さの指標としてλを用いることはまれで、通常最初の個数が半分になるまでの時間、半減期(half-life time)Tを用いる。上式より、Tとλの間の関係は、
     1/2=e-λT
  よって、T=ln2/λ=0.693/λ
となる。

X線(γ線)の透過
γ線の透過   物質を通過する間に、γ線は散乱と吸収により、進行方向の強さが減ってくる。この現象は、1本1本のγ線で見た場合 all or nothing かつ independent(周りのγ線が吸収されたからと言って吸収されやすくなるわけではないみたいなこと)の現象この減り方は線束の太さによって異なるが、単純な系として細い線束でかつ単一波長のγ線の場合について考える。γ線がΔxだけ物質中を通過したとき、強さIがΔIだけ減ったとすると、両者の間には、
     -ΔI=μIΔx
の関係がある。これを積分すると、
     I=I0e-μx
になり、放射線の強さは距離に対して指数関数的に減っていくことが分かる。μは距離のみで決まる係数で、線吸収係数(線減弱係数)とよぶ。

電離放射線照射された細胞のコロニー形成率
電離放射線照射された細胞のコロニー形成率 実験例:
@100個の細胞を5枚のデッシュにまく
A4枚のデッシュにそれぞれ1,2,4,6Gyの放射線照射を行う
B1〜2週間後に出現するコロニー数(デッシュにまかれた1個の細胞が指数関数的に増殖し、1個の細胞由来の子孫細胞の集団が1コロニーとして肉眼で見えるようになる)をカウントする
放射線照射していないデッシュに出現するコロニー数をBとしたときにB/100(×100%)をクローニング効率とよぶ。放射線照射したデッシュから出現するコロニー数をAとしたときの生存率はA/B(×100%)である。
   A/Bをlogで、linearの照射放射線量に対してプロットしていくと、片対数グラフで直線となる。


標的論(target theory)〜生物だけが、なぜ放射線に敏感に反応するのか?
   細胞内には、DNAという放射線に敏感な構造体(“標的”とよぶ)が存在し、このDNAのどの部分(たとえ遺伝子領域でなくとも)に2重鎖切断という傷(“ヒット”とよぶ)が1個できても、DNAは機能を失い、細胞の死や障害を引き起こす。このヒットは all-or-none 型で中間の型は存在せず、しかも互いに独立に生成されるものであるから、簡単な確率論の問題として捉えることが可能である。さらに2重鎖切断の発生だけでなく、その修復も確率的な現象である。
   また、細胞の生存率S を考える上では、1ヒット性1標的という考え方が用いられる。つまり、1箇所でも2重鎖切断が修復されないと、細胞死が誘導されると考えられているのである。実際、細胞のゲノムDNAではなく、細胞の生存にとって不要なプラスミドのDNAに2重鎖切断がある場合にも、細胞はストレスを感じて能動的に損傷を発見し、細胞死(アポトーシス)のプロセスに入ることが知られている。そうした細胞死という確率的現象の蓄積の効果によって、個体の死という確定的な現象がおこるのである。そのため放射線はきわめて小さいエネルギーで細胞さらには個体まで殺すことができるのである。

DNA損傷の種類

損傷の種類具体例
塩基の損傷TやCなどのピリミジンはラジカルと反応すると、2重結合がとれてHやOHの付加したものや過酸化物ができる
Tのメチル基をOH・ラジカルが攻撃すると、CH2OHの形になる
Cが脱アミノ化によりUに変化する(これは放射線にさらされなくても自然におこる現象である)
AやGなどのプリンでもHやOHの付加がおこる
GのC(8)位のOH化により8-ヒドロキシグアニンが形成され、細胞死や突然変異の原因となっている(8-ヒドロキシアデニンも細胞内でたくさん形成される) →1995年度本試4.
塩基の遊離と塩基をもたないデオキシ糖の部位鎖が切れずに、塩基または糖の損傷のために塩基がDNA鎖から遊離することによって、塩基の抜けた部位(AP部位という)が生じると、DNA複製が阻害され、場合によっては突然変異の原因となる(なお、AP部位はアルカリ処理で容易に切断される)
DNA切断(単鎖切断または2重鎖切断)に伴って塩基の遊離がおこる場合もある
鎖切断放射線による糖鎖(まれに塩基)の損傷によって、DNA2重らせんの内の一方に鎖切断がおこる単鎖切断ないしは、両方に切断がおこる2本鎖切断が形成される
架橋
crosslink
両方のDNA鎖の塩基にラジカルが生じた場合、塩基間に共有結合が形成され、両鎖が架橋される(DNA鎖間架橋という)
片方の鎖の異なる場所どうしで共有結合がおこる場合もあり、DNA鎖内架橋という
核タンパク質のアミノ酸とDNAの塩基との間に共有結合が形成される場合、DNA-タンパク間架橋という
2量体形成と紫外線によるDNA損傷紫外線(エネルギーが低いため、通常では電離をおこさない)照射を行うと、DNAの塩基分子の励起がおこり、ピリミジンがDNA上で並んで存在する場合、互いの間に共有結合が形成されて、2量体が作られる(その大部分はシクロブタン型とよばれるものであるが、非シクロブタン型とよばれるものも形成される場合があり、両者とも細胞死や突然変異の原因となっている)
紫外線照射によって電離放射線と同様にCやTの2重結合がとれて、HやOHが付加する場合もある(数は少ない)

   DNA損傷の原因には、電離放射線・紫外線・化学物質などの外的要因によるものと、細胞内の代謝産物による内的要因によるものがある。DNA損傷というと外的要因ばかりイメージしてしまうが、実際は内的要因によっても絶えず大量の塩基の損傷が起こっている。また、内的要因による損傷の反応は、酸素ラジカルによるもの、加水分解によるもの、アルキル化(主にメチル化)によるものの3つに大別できる。
   抗がん剤の中には、上記のDNA損傷をおこさせて、増殖細胞を殺すタイプのものがある。その代表例は、シスプラチンで、DNA中のGと結合して、DNA鎖間あるいは鎖内架橋構造さらにはDNA-タンパク間架橋構造を形成したりして、細胞死を誘導している。後でも述べるが、DNA損傷によるダメージは増殖中の細胞ほど受けやすくなっているため(休止期の細胞はそれほど細胞死をおこさない)、シスプラチンは正常な細胞よりも異常増殖をおこしているがん細胞により効果を発揮することができるのである。


増殖中の細胞は放射線照射によって死にやすい

ベルゴニエ・トリボンドウの法則
   1906年に、2人のフランス人医師によって発表された法則で、正常な組織に大きな障害を与えることなく、がんを放射線照射によって治療できる理由について述べたものである。その内容は以下のとおりである。
   @ 細胞分裂の高いものほど、組織の放射線感受性は高い
   A 将来、分裂回数の多いものほど、組織の放射線感受性は高い
   B 形態および機能において未分化のものほど、組織の放射線感受性は高い

増殖細胞が放射線感受性である理由
細胞周期と放射線感受性    電離放射線は、休止期にある細胞も含めてすべての種類の細胞のゲノム全体に均等に損傷をおこす。休止期にある細胞ではゲノムDNAに損傷がおこっても、その部分で転写がブロックされる以外に、細胞に大きなダメージを与えることはない。ところが、損傷のあるDNA鎖が複製されると、いわば電車(DNAポリメラーゼ)が線路(片方のDNA鎖)上の障害物(損傷)によって大事故をおこし線路そのものが破壊されうるのである。すなわち、片方のDNA鎖上の小さな損傷がDNA複製によって片方の姉妹染色分体(DNA複製の結果合成される2重鎖DNA)の重篤な損傷に変換されるわけである。また、2重鎖切断がおこってもクロマチン構成タンパク分子どうしの相互作用により切断断端がすぐに離れてしまうわけではない。ところがDNA2重鎖切断が修復されないままにM期に進むと、切断の両側のDNAが互いに独立して凝縮することによってクロマチン構成タンパク分子どうしの相互作用が弱まる。そして姉妹染色分体の分離のときにDNA2重鎖切断の断端が引き離され、切断端遠位部の欠失や染色体転座の原因となりうる。以上をまとめると、増殖中の細胞ではゲノムDNAの複製や染色体分配によって軽症のDNA損傷が重篤なDNA損傷にしばしば変換されるのである。そのために、電離放射線や抗がん剤のシスプラチンなどゲノムDNAに傷をつけるタイプの治療は、がん細胞を含む増殖細胞を比較的特異的に殺すことができるのである。
   細胞分裂周期において、G1からSになる時期(DNA複製の準備期)とM期(細胞分裂期)で放射線感受性が高く、S期の終わりに感受性が低くなる(右上図参照)ことも上記のような理由からである。
増殖細胞においてDNA損傷が重篤化する過程

増殖死と間期死の違い〜放射線による細胞死  →
放射線による細胞死
増殖死(分裂を経て死ぬ)間期死(分裂を経ないで死ぬ)
増殖速度速く増殖するゆっくりと増殖あるいは増殖しない
代表的な細胞の種類骨髄幹細胞・腸幹細胞・腫瘍細胞・培養細胞などリンパ球肝臓実質細胞・
脳(神経細胞)
放射線感受性高い高い※1低い
生存率曲線(低LET
放射線照射の場合)
肩あり※2
(造血幹細胞などでは肩なし)
肩なし※2
(アポトーシス)

(ネクローシス)
細胞死までの時間数時間〜数日数時間〜1日 

  ※1…リンパ細胞は、休止期であるにもかかわらず放射線感受性である唯一の例
  ※2…肩については、すぐ後で述べます


低LET放射線(X線・γ線)の生存曲線とがん治療への応用

生存率曲線
生存率曲線    X線やγ線などの低LET放射線ではラジカルは疎らに分布している。このときは標的分子に生じる損傷は間接作用によっておこることが多い。一方、高LET放射線の飛跡はイオン化密度の高いショートトラックを形成する。イオン化密度が高いほど、飛跡とDNAなどの標的分子との直接的な相互作用の確率は高くなり、高LET放射線による損傷は低LET放射線よりも直接作用によって作られる確率が高い。
   また、酸素の存在下では無酸素の時よりも生物学的効果は大きくなり、高LET放射線ではほとんど効果が見られないが、低LET放射線では2.5〜3倍増感される。この現象は酸素効果とよばれるもので、酸素ラジカルが生成して、間接作用により過酸化物などを生成しやすくなるためと考えられる。がん組織では一般に酸素分圧が低いため、放射線治療に抵抗性がある。
   高LET放射線の場合、生存率曲線は直線となり(肩なし)、1標的・1ヒットモデルで説明できる。高LET放射線により2本鎖切断の単鎖切断に対する割合は増加するが、これは高LET放射線1本で2本鎖切断がおこる場合、すなわち線量に比例する切断が増えることを意味し、生存率の直線化と対応する。一方、低LET放射線の場合では、先ほど述べた酸素効果やいろいろな修飾効果により、線量が低い間は高い生存率が保持され、生存率曲線は肩ありの直線となる。

放射線治療を可能にする主要な照射方法
方法放射線の種類方法的特徴経済的特徴
粒子線照射高LET放射線
(陽子、重陽子、アルゴン・ネオンなどの重イオン、負π中間子、中性子線など)
物理的な腫瘍組織内にのみ完全な局所制御線量を与える非常に高価な加速器が必要、特別な施設でのみ利用可能
分割照射低LET放射線
(γ線・X線・電子線など)
腫瘍と正常組織の回復能の差を利用する。腫瘍組織に完全な致死線量を与えるかわりに、80〜90%の細胞致死が得られる線量を与え、正常組織には回復可能な局所耐容線量以下を与える一般的な方法

細胞の放射線障害からの回復能
   細胞は放射線による障害から回復する能力を有する。この回復は概念的に2つに分けられる。1つは亜致死損傷回復である。もう1つは潜在性致死損傷回復である。
   細胞に何時間かのインターバルを設けて数回に渡って少ない線量の低LET放射線を照射する(このような照射方法を分割照射という)。すると、1回目の照射により、生存率曲線に沿って何割かの細胞は致死損傷を受けて死んでしまう。生き残った細胞の中にも、致死を引き起こすほど強くはない傷(亜致死損傷:SLD)がDNA上にいくつか含まれている。しかし、これらの傷の大部分はインターバルの間に修復される。この修復のことを亜致死損傷回復(SLDR)とよぶ。SLDが完全に修復された後に2回目の照射を行うと、生存率曲線の肩にあたる分だけ生存率が上昇する。これをくり返すことによって、正常細胞の障害を軽減することができるが、同時に腫瘍細胞が放射線抵抗性になっていることも忘れてはならない。
   また、細胞に放射線を1回照射した後にある種の処理を施すと、しない場合に比べて生存率が上昇したり低下したりすることがある。このように照射後の処理によって影響を受ける障害を潜在致死障害(PLD)とよび、生存率が上昇した場合はPLDが回復し、低下した場合はPLDが固定化したと解釈される。PLDの回復を促す処理として増殖抑制が有効である。
X線2分割照射による亜致死損傷障害の回復

分割照射の1回あたりの線量
   1Gy照射を分割して何回も行うことにより、正常組織の障害を抑えながら、より多くの放射線照射を行うことができる。
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